適応障害 休職をする

休職して初めて休んだ気がした

2019年1月20日

親愛なる君に

休職してから47日目になりますが、今日、初めて休んだ気がしました。

今まではまったく休めていません。
休職しているのに1分も休めないのです。

本記事では、休職して初めて休んだ気がしたことを解説しています。
この記事を読むことで、初めて休んだ気がした理由、休めなかった理由がわかります。

こーいち
休職中でも頑張りすぎてしまう自分に向けて書きました。

休職して初めて休んだ気がした

休職生活47日目。

前日によく眠れなかったせいか、朝、起きれない。
12時まで布団で横になっていた。

何もやる気がしない

昼過ぎに起きだして、部屋に掃除機をかける。
あとはブログ更新などで、特に何もする気が起きなかった。
なぜだろう、本当にブログ以外にやる気が出ない。
マンガも本も読みたくないし、走る気にもなれない。
休職して、初めて休んだ気がした。

会社の先輩や友人が心配してくれて、LINEが届く。
引き続き休職したいことを伝えると「その選択もあり」だと言ってもらえて、少し気が楽になった。

明日、心療内科に行き診断書をもらってこようと思う。

姉と電話で話す

午後、姉からLINEが来たので、今すぐ電話で話したいことを伝えると、LINE電話がかかってきた。

同じ家庭に生まれ育った人間として、母親のことや家出をした理由などを聞きたい。
電話でまず最初に家出をした理由を聞くと、単純に「家が嫌だったから」という答えだった。
私はあまり記憶にないのだが、夫婦喧嘩が多いことも嫌だったらしい。
母親の過干渉、父親は何もしてくれないストレス(だったかな)、そんなことが色々ひっくるめて嫌になってしまったんだ、と。
「家出までしなくても」とは思ったが、家出をして逃げ出したくなるような家庭。
全てを母親のせいにはできない。
母親も、母親の親からの被害者なのだ。

次になぜ実家に仕送りをしているのか、なぜ仕事に行く前は母親に電話をしているのかを聞くと、「今までさんざん迷惑をかけてきたから」というのが大筋の理由だった。
まあ、確かにそうだなと納得ができる。
自分も学費やら、仕送りやら、親にはたくさんしてもらってきている。
もちろん心配や迷惑もかけた。
続けて姉は「でも、親の近くにいたくない」と言ったのは、自分と同じ考えだった。

姉に自分のことで過去のエピソードはないか、聞いてみた。
私が子どもの頃に母親が「誰のためにそんなに勉強しているの?」と私に聞いたらしい。
私は「お母さんのために勉強している」と答えたらしい。
おいおい、ちょっと待ってくれよ、やはりその頃から既に自分の人生を生きてないじゃないじゃないか、と感じた。
感じたが、小さい頃の自分がそう答えたのも不自然じゃない。
今の自分の生き方をたどれば、当然予測がつく極めて自然な答えだ。

こんなことを書いていると、本当に、自分独りで「不幸なコント」をしているみたいで少し笑えてくる。
過去のことをこれ以上、ウダウダ言っていてもしようがないので、これから先のことを考える。

とりあえず「今は、会社には行きたくはない」です。

休職47日目に実行したこと

●技
・ブログ更新
●プライベート
・掃除

心療内科で診断書を書いてもらい、本格的な休職生活の始まる

休職生活48日目。

夜中に目が覚めたせいか、あまり熟睡感は得られないまま起床。
眠いので、朝食後、11:30まで二度寝をする。

嫌な夢を見た。
その夢を見た後にブログタイトルを『社畜たち〜』から『休職たち〜』に変更した。
今は会社で社畜はしていない、休職しているのだ、と。
もちろん、まだまだ自分が育ってきていないので、社畜魂は残っているが、変えられるものはすぐに変えていこう。
変えられるものは、すぐ変える。
悪くない習慣だ。
ブログタイトルなんて、すぐに変えられる。

心療内科へ行く

部屋に掃除機をかけた後、医者の診断書をもらうために、自宅から電車で数駅離れた心療内科へ予約の電話をかける。
幸いにも今日の12:50に空きがあったので、すぐ行くことにした。

1年半くらい前になるが、仕事が多忙で鬱気味になった時にこの病院に2度ほどお世話になったことがある。
初診の時に、涙を流した。
この時に『リーゼ』や『ドグマチール』という薬を初めて処方してもらい、以後、飲み続けるようになった。
休職してからは、ほとんど飲んでいない。

久しぶりに会う先生の顔はほとんど忘れていたが、話をしていると過去に話した感触を思い出してきた。
そうそう、あの頃もこんな感じで話しましたよね、と。
私が話す、先生が聞きながら、パソコンにタイプする、の繰り返し。
1年半前から今日までの経緯を説明して、当分、会社には行きたくないことを話し、傷病手当をもらうための診断書が欲しいことを恐る恐る伝えた。
診断書がもらえない可能性もあるのだ。
もらえなかったらと思う不安から、「恐る恐る」になった。
診断書がもらえなかったら、傷病手当金がもらえない。
すぐに復職か転職か失業手当をもらうかを選択しなくてはならない。
それを考えるだけで少し憂鬱な気持ちになった。
今、会社に戻るのはイヤなのだ。

適応障害の診断書

しかし、そんな自分の心配も稀有に終わった。
先生はあっさりと「ああ、そういうことですね。診断書はすぐ書きますよ」と言ってくれた。
ホッとしていると先生が「どれくらいの期間で書きましょうか?2ヶ月くらいでいいですか」と言ったので、もっと長い期間がいいんだけれど無理なのかな、と悩みながらしばらく黙り込んでいたら、先生は「半年とかは書けないので、2ヶ月にしますね」とのことだった。
もらえないよりはマシだ。
従うしかない。
「それでお願いします」と伝え、その場で診断書をプリントアウト、私はそれを大事そうに受け取った。
傷病名には『適応障害=抑うつ気分、意欲低下、不安感などの症状を認める』と書いてある。

え、自分が適応障害?
自分は病気なのだろうか?と、目を疑った。

最初は病人というレッテルを貼られたみたいで、帰りの電車の中で抑うつ気分になっていた。

自分は病人じゃない。
蕁麻疹が治らなくて、会社を辞めます→会社から「ちょっと休職して考え直してくれよ」と言われて休んでいるだけなのだ。「自分は病人じゃない、ただ診断書が欲しくて、先生に印刷してもらっただけだ」と言い聞かせたが、書いてある症状を何回か読み直すと、あながち否定もできなくなっていた。
「まぁ、いいさ。これでとりあえず休職の延長できる可能性が手に入ったのだ。それなりの代償は必要だろう」としか、今は言えなかった。

自宅に戻り、ブログ更新。

夜は漫画『BLUE GIANT 1巻』を読み終えた。
世界一のジャズプレイヤーを目指す主人公の「屁でもねえや」のセリフに少し心が動いた。

そういえば、最近、音楽を聞いていない。

こーいちより

休職48日目に実行したこと

●心
『BLUE GIANT 1巻』を読了
●技
・ブログ更新
●旅
・心療内科へ行く
●プライベート
・掃除

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