- 「適応障害になり退職届を出したけれど、いったん休職するように引き止められた」
- 「とりあえず休職しようと思っているけれど大丈夫かな」
- 「休職して、社会復帰できなかったり、キャリアを失ったりして後悔しないかな」
この記事はそんな方へ向けて書いています。
2016年6月から慢性蕁麻疹になり、1年6ヶ月、3種の薬(蕁麻疹、うつ、不眠)を飲みながら我慢して仕事、2018年10月に退職を伝えました。
会社から引き止められ、2018年12月から休職し、3ヶ月はどん底で八方塞がり、死あるのみ。
「死ななきゃいいか」と思えるようになりひたすら休職延長。
言いたいことは「休職してよかった」です。
本記事を書いている私は、2019年5月3日(金)で休職生活153日目です。
»【適応障害の休職日記】1週間、2週間、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、2年
本記事では「適応障害で休職してよかった」と思えるようになる経緯を解説しています。
この記事を読むことで、適応障害の気持ちの移り変わりがわかります。
結論、退職するならリスクの少ない「部署異動」が良いです。
辛くて部署異動もできないなら、休職もありです。
復職が難しいなら休職延長もありです。
休職延長しつつ退職を考えるなら、休職しながらの転職活動です。
転職活動がうまくいかず、どうしても退職したいなら、最後は退職です。
言いたいことは「退職」は最後の手段です。
今いる場所で改善に努めるのがベストです。
Contents
【後悔なし】適応障害からの退職を引き止められて、休職してよかった
経緯
- 2018年12月より2ヶ月間、有給消化
- 2019年2月より、適応障害で休職中
深掘りしていきます。
休職してよかったと思えるようになる
「休職してよかった」と何度も思っています。
ブログに没頭できる時間ができたからです。
会社員時代の副業ブログにかける時間は、2時間が精一杯でした(朝1時間、帰宅後1時間)。
休職中は、平均6〜7時間をブログに注いでいます。
生活スタイルも理想に近づいており、4時45分に起床できています。
» 何になりたいかより、どんな生活を送りたいか【幸せになる3つの方法】
まだ収益化には程遠いブログですが、今の生活が好きです。
この生活を送れている自分も好きなのです。
休職して、一時的にせよ欲しかった生活が手に入ったのです。
「死」を意識しなくなる
休職して3ヶ月目、2019年2月から死への意識が変化していきました。
- 2019年2月:「死にたい」と思う
- 2019年3月:「とりあえず死ななきゃいい」に変わる
- 2019年4月:「死ぬことはNG」に変わる
- 2019年5月:死を意識しなくなる(たまにループ)
ブログに没頭したおかげです。
没頭できるものを見つけて、ブログを書くことを許せたのです。
ブログを書かずに死ねません。
ブログを書きたいからです。
2019年5月には「死」が、ほとんど頭に浮かばなくなりました。
とはいえ言葉のループはあります。
頭に浮かんでも、大丈夫です。
死にはしないし、死んでも大丈夫だからです。
明確な結論は「何があっても大丈夫」と思えるようになったのです。
ブログに助けられたのです。
パズルのピースを集める
休職してから、問題がほぐれてきています。
自分を取り囲み、からみ合っていた問題です。
- 親との関係
- 姉との関係
- 家族(奥さん、子ども)
- 会社の人間関係(上司、同僚、後輩)
- 仕事
- トラウマ
休職する前は、複雑にからみ合い八方塞がりでした。
完全解決には至りませんが、解決に近づいています。
1つずつの行動の積み重ねが、一気に問題が解けることもあります。
ドミノ倒しが起こるのです。
休職当初は誰がキーマンなのか、わかりませんでした。
どこから手をつけていいかわからない「大きなパズル」のイメージです。
「問題は自分にあるから、1番大きなパズルのピースは自分が持っているんだろうな」という気持ちでした。
いっぽうで「問題を起こした本人が、問題をすんなり解決できるのか」という疑問も持ち合わせていたのです。
1番大きなパズルのピースを持っていたのは姉
姉のピースが1番大きく、パズルの絵を見せてくれたのです。
姉がドミノの始まりで、キーマンだったのです。
姉に会いトラウマが薄まるにつれて、ラクになり、次の行動やきっかけが生まれていくのです。
他の人たちも何かしらのパズルのピースを持っていました。
パズルのピースを届けてくれるたびに「私を助けるために存在している」と傲慢にも、思えました。
色々な人がそれぞれにピースで、パズル完成に協力してくれるのです。
今すぐに欲しいピースを持っていないこともあります。
ただパズルの完成に不要なピースなどないのです。
すべて必要なピースなのです。
出会いにひとつのムダもない
人に出会い、パズルを集めれば集めるほど「絵」が見えてきます。
- 人に会い、行動することでパズルをもらう
- パズルを当てはめて、絵が見えてくる
- 違うパズルを探す
- 合っているパズルを見つけ、新しい絵が見えてくる
- 価値観が変わり、行動が変わる
休職中はブログと並行して、パズルを集めているのです。
人生がどうなるかはわかりません。
先がわからないので「不安と楽しみ」が入り混じっています。
引き続き姉に会いつつ、色々な人と会い、色々なパズルを集めてみます。
一生完成しないかもしれません。
かまいません。
新しい世界が開かれていくことがわかるからです。
なんの恐怖も感じません。
ドキドキ、ワクワクしかないのです。
適応障害で休職してよかったと思えるように行動しよう
適応障害で休職してよかったことについて書きました。
休職のススメではない
とはいえ「休職のススメ」ではありません。
万人に通用する解決策はありません。
最適解は、選んだ選択肢を「むしろ、よかった」と思える行動です。
「むしろ、よかった」と感じられるのが自己肯定感です。
挑戦よりもアイデアを実行してみるだけです。
挑戦(精神論)ではなく、実際的な行動です。
社会復帰できない不安はありますが、行動してみるだけです。
パズル完成には、ダメもとで行動するしかないのです。
» 社会復帰できない不安を指摘され、最悪の結果を想定【死ぬことはない】
- 会社を辞める
- 新しいことを始める
- 考え方の癖を捨てる
休職のリスクはあります。
転職活動のときに休職の事実を隠すと、入社後に発覚したとき「経歴詐称」で解雇になる可能性もあります(転職エージェントから言われました)。
そうは言っても身体を壊して休職せざるを得ないので、仕方ないです。
従って「休職してよかったことを作ればいい」と考えています。
私の場合、休職して良かったことの1つは「ブログ開設」でした。
行動次第で意味づけが変わる
休職してよかったかどうかは行動次第
「休職してよかった」と思えるように行動していきましょう。
行動しなければ、自己肯定できないからです。
「病気だから行動できない」という気持ちもわかります。
何も行動せずに休むことも大事です。
「適応障害では休むことすら難しい」も共感できます。
私は最初の3ヶ月は、1日も休んだ気がしませんでした。
できることから始めよう
できることから少しずつ始めてみましょう。
- 筋トレ
- ウォーキング
- ジョギング
- プールで泳ぐ
- 勉強をする
- ブログを書く
- 「ひとり旅」に出てみる
大げさなものでなくてOKです。
腕立て伏せ1回でもかまいません。
ただしムリは禁物です。
心療内科に通いつつ、ムリ、ガマン、ガンバリは厳禁です。
毎日、できることから1ミリでも始めてみましょう。
- 何もできない
- 何か行動する
大きな違いです。
たったの1歩でも達成感が生まれます。
歩いた歩数だけ、景色が変わります。
自分を変えるために行動していきましょう。
「休職してよかった」と思えるようになるかは、自分次第なのです。
適応障害の休職中の過ごし方は「【恋愛もあり】後悔しない休職中の過ごし方9つ【後悔したこと3つ】」で解説しています
更新情報:2020年12月に退職
2018年12月から2年間休職してから、退職しました。
傷病手当金1年6ヶ月+退職金+失業保険120日+60日(コロナで延長)をもらいました。
2021年6月から職業訓練校Webデザイン6ヶ月コース(求職者支援訓練)に通っています。
勉強で生まれ変われるからです。
»【職業訓練の入校式】オリエンテーション内容や服装、自己紹介を解説
コロナで旅行業が先行き不透明なのもありますが、退職の後悔は微塵もありません。
ただ「転職先を決めてから、退職すればよかった」です。
休職や退職、転職は人生を変える決断です。
体調の問題もありますが「転職はリスク」です。
以下、選択肢を検討しておいて損はありません。
- 部署異動
- 休職延長
- 転職先が決まってから退職
退職してからの転職活動は、年齢やキャリアにもよりますが、おすすめしません。
できる限りのリスクヘッジをしておくのが良いです。
以上です。
P.S. 退職は最後の手段、するなら転職先を決めておこう。
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